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【序章】

 

濃紅石(クリムゾン・ルビー)を敷き詰めたような鱗。破滅の光を湛えた金色(こんじき)の瞳。多くの勇敢な冒険者たちの命を現世(うつしよ)からもぎとった無慈悲なる咢(あぎと)。水晶像のように透きとおる巨(おお)きく神々しい姿。

わたしたちのパーティーは今、神話級(レジェンドクラス)のドラゴンと一戦を交えている。

 

「なんでこんなことになっちゃったのよ!」

「ランの野郎がクソふざけやがったから切(キ)れたんだよ!」

「あら、心外。親愛と尊敬をこめたつもりなんだけど」

「あれは『おちょくる』っていうの!」

「ねえ? あたしピアス片っぽなくね? みんな探して探して」

「そもそもこうなったのはテメェのせいだぞ、レサ!」

「はあ? わたしの責任? ちょっと待って、その誤解だけは死ぬ前に解かせて。まず問題視すべきは――」

「お話し中、恐れ入りますが皆様、何方(どちら)をご選択になりますか? 『身を焼かれ、炭化(たんか)選ぶか、食(は)まれて消化』」

「縁起でもないこと短歌風にいわないで!」

「ドラゴンさん、腹減ってイライラしてんだべ。バッちゃがいってただ。美味いもん食うと、どんな怒りも晴れるってよ。芋、食わねかな」

「「食うか!」」

 

ごめんなさい。一戦交えてるなんて、そんな偉いもんじゃないんです。

ようするにわたしたちはなにかの手違いで、推定(すいてい)踏破(とうは)レベル85【神層域(レイヤー・カムイ)】のダンジョンに、トラップの転送装置(テレポーター)によって飛ばされてしまったのだ。

低レベルダンジョンに配置された転送装置(テレポーター)タイプのトラップなんて、せいぜいスタート地点に飛ばされて振りだしに戻されるか、悪くてもゴブリンがオシッコ溜めてるような汚水プールに落とされるぐらいで、いわゆる心を挫(くじ)く系の罠が大半だから即座に命を奪うものなんてないハズなのだ。もちろん稀(まれ)に、いきなり石の中にテレポートされてしまうような無慈悲な罠との遭遇もあるにはあるけど、それはもう設定者がドSか、よほど運がないだけ。

どうやらわたしたちの能力値(アビリティスコア)としての運(ラック)は、転んだだけでも打ち所が悪くて消滅(ロスト)するくらい絶望的に低かったようで、なにがどうしてそうなったのか飛ばされた先は龍の棲み処(ドラゴン・ネスト)。

出迎えたのは、目も眩まんばかりの財宝の山の上に横たわるレッドドラゴンだった。

しかも、ただのレッドドラゴンじゃない。

ドラゴン族の支配者(ドラゴン・ルーラー)。

紅きドラゴンの支配種は、どうやらわたしたちのことを財宝泥棒だとおもっているようで、「欲に目が眩み、聖域に土足で踏み入り、無謀にも我に挑戦せんとする愚かな生き物らよ。我の熾(おこ)した煉獄(れんごく)の焔(ほむら)により、骨の髄まで焼き尽くされるがよい」みたいな恐ろしいことをいわれてしまった。

ちなみにわたしたちのダンジョン踏破可能レベルは堂々の『0』。

レベル1にも満たない初心者中の初心者であり、なおかつ落ちこぼれのわたしたちは、強さで喩(たと)えるとチワワには頑張れば勝てるけど本気で怒った柴犬には負けるレベル。

だから、天地がひっくり返ったってドラゴン王の神域を侵すだなんてそんな大それた真似をするはずもなく。アクシデントで飛ばされてしまったんです! と、いくら必死に訴えても相手は聞く耳持たず、全滅待ったなしといった状況だ。

そういうわけで、わたしたちパーティーは龍の吐息(ドラゴン・ブレス)の洗礼を受け、肉体消滅(ロスト)の時を今、迎えんとしている。

奇跡的に誰もまだ床にこびりつく炭にはなっていないけれど、それも時間の問題。今は逃げて隠れて、逃げて転んで、逃げて這いずって……なんとか必死に命を繋いでいる。

なんでこうなっちゃうんだろ。

わたしの望んでいた冒険は――

「こんなはずじゃなかったのに!」

 

 

♯1 わたしたち入学しました

 

「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。学園長をつとめます、峯鳩(みねばと)です。本日は好天に恵まれ、まるでみなさんの新しい日々の始まりを喜んでいるかのような――」

 高校生になると、やっぱりぜんぜん違う。

中学までの平穏で退屈な日常から一変、不安でいっぱいだ。

でもその何十倍も期待は膨らんでいる。

わたしの夢は、今日ここから始まるのだから。

 講堂を見渡すと新入生(わたしたち)を迎える先輩方の面々――あの中には有名人の顔もある。

《百ゴブ狩りの滝(たき)姫(ひめ)恋(れん)》、《クリティカル女王・兎山(うさぎやま)ハルミ》、《茸系(モス)ハンター大月(おおつき)桂(かつら)》あっ、《七巡(ななめぐり)のナイチンゲール、アンジェロ御手洗(みたらい)》、彼女もこの学校だったんだ――。

 教師だって豪華な顔ぶれで、みんな迷宮(ダンジョン・)探検家(エクスプローラー)として名を馳せた方々だ。

 今でこそ狸がメタボになって出家(しゅっけ)したような有様だけれど、峯鳩校長の四十年前の呼び名は「トロイチ」――すなわち、「トロールを一撃で葬り去る男」だ。あの世界的に有名なパーティー《エクスカリバーズ》の一人という、ものすごい経歴を持っている人だ。こよなくチーム名はダサいけど、難攻不落といわれた四十二の高レベルダンジョンを短期間で踏破、発見した伝説級宝物(レジェンダリー・アイテム)のすべてを各地の博物館に寄贈したことで国から何度も栄誉賞をもらっている、探索者(エクスプローラー)を志願する人なら一度はその名に憧れたエクスカリバーズ。リーダーが実家の寺を継ぐことになって惜しまれながら解散してしまったけど、こうして若い探索者(エクスプローラー)の育成に力を注いでくれることは喜ばしいことだ。昔はマッシブ・ルシファーとも呼ばれた肉体派長髪美形男子だった峯鳩学園長は、冒険をやめると劣化が激しくなるということまで身をもって教えてくれている。

「――七(なな)巡(めぐり)高等女子学園は『冒険こそ育成の学び』を建学の理念としております。今年で開校六十周年になります本校ですが、『ダンジョン学』を全国でもっとも早く高校教育の課程に導入し、心身育成にとって重要なことのすべてを三年間で学ぶことのできる高等学校としてスタートいたしました。けっして順風満帆とはいえぬ六十年でした。今でこそエポック・メーキングな教育システムであると各方面から称賛のお声を頂戴している『ダンジョン学』ですが、開校当初の認知度はひじょうに低く、世間でも『危険を推進する危険な教育』といった誤ったイメージを持たれておりました。そういった、強く冷たい世間の風に負けぬよう、若き人々に世界に通じる探索者(エクスプローラー)として活躍していただくには、わたしたちにどのようなことができるのか、ただひたむきにそのことだけを考えてやってまいりました。

実直に、熱意を持って向き合い続けたことで、その努力は結実し、入学者の数は年々増えていき、多くの団体からご支援を頂けました。わたしたちと同じ教育理念を持つ学校も全国に増えていきました。

ちょうど十年前より、本校は探索者(エクスプローラー)を支援する人材育成にも目を向けるようになり、工作(クラフト)学科を新設いたしました。これにより、ますます『ダンジョン学』の幅も広がることとなり、ひじょうに多くの方たちが本校で教育を受けることを希望してくださり、今では探索者(エクスプローラー)の登竜門といわれております。このように、新たな試みを成功させていった本校ではありますが、これに慢心することなく、つねに挑戦する心を忘れず、よりよい学び舎作りを心がけるように尽力していく次第です。本校を選んでくださったみなさんが探索者(エクスプローラー)として、また探索者(エクスプローラー)を支える存在として、将来、新たな歴史を紡いでいただけるよう、教師一同、一丸となっていきたいとおもいますので、三年間と短い期間ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。あらためて、ようこそ、七巡(ななめぐり)高等女子学園へ!」

 

七巡高等女子学園――神奈川県郊外にある、ダンジョン学を中心に学科が構成されている高等専門学校。

ダンジョン学とは簡単にいうとダンジョンを探索(エクスプロール)し、目的を達成するための知識や技術、そして発想力を身に着けていく学問だ。

この分野で名門とされているのは羽生(はぶ)楡(にれ)高校や聖(セント)剣(けん)世(ぜい)学園などが有名だけど、七巡は頭一つ飛び出ている、というか別格。この手の学校ではもっとも歴史が長く、管理しているダンジョン数も全国一。伝説と謳(うた)われている竜伐戦士(ドラゴンスレイヤー)や聖騎士(パラディン)や大魔術師(グランドマスター・マギ)の多くは七巡の出だ。

この学校には探索(エクスプロール)学科と工作(クラフト)学科の二つの学科があり、前者は自分の戦闘技術を高めて強さの限界を目指したい人、伝説級のモンスターを討伐して名声を得たい人、謎めく遺跡で古代の叡智に触れたい人、未知なる秘宝の発見を夢見る人、つまりダンジョン探索者(エクスプローラー)になりたい人が入る。後者は、そういう人たちを自分の技術と知識でアシストしたい人たちが入る学科で、鍛冶技術、錬金術、医療、調理、情報収集術などを学び、いずれは探索者(エクスプローラー)の立ち寄る町に店やギルドを構えたいと考える人が多い。中には、探索技術を覚え、ダンジョンに同行する工作師(クラフター)となる人もいる。

ひと言に探索者(エクスプローラー)、工作師(クラフター)といっても、どういう道を選ぶのかは人それぞれ違うのだ。

わたしは教室内を見渡す。

今日から、ここがわたしの「居場所」の一つになる。

きっと日本全国どこにでもある、女子高の教室の光景。

今はみんな今日から高校生という緊張と不安、それからほんのちょっとの期待でそわそわしているけど、それも時が移ろうに従って変わっていくのだろう。人間関係、表情、喋り方、好きなものと苦手なもの、髪形とか使うシャンプー・リンスとか、そういう高校生活のスタイルがだんだんと確立されていって、それがその人のパーソナリティになるんだ。

今の時点でもそれぞれの個性は充分に見てとれる。たとえば基本みんなセーラー服なんだけど、なにを専攻するかで微妙に着こなし方も違っている。スカーフ留めに金属のものを選ばず布製にしたり、あるいは何も付けずに結んだりしている人は、きっと身軽さを意識している戦士(ファイター)や格闘家(マーシャル・ファイター)を専攻する人。魔石や守護石のついた装飾品を身につけているのは術師(ユーザー)系。頭にゴーグルをのせていたり、シェードレンズの眼鏡をかけていたりする人は目が大切な射撃手(シューター)。そういう身につけている物からでなくとも、なんとなくみんな、自分が目指すものの顔つきになっていたり、雰囲気みたいなものを纏っていたりするのだ。十人十色というけれど、よく見ていると生徒の数だけ色があるのがわかっておもしろい。

あの子は優しそうな雰囲気だから治癒士(ヒーラー)かな。見た目が癒し系っていうのも大切だよね。

あの人は肩ががっちりしてるから闘士(バトラー)を専攻かな。腹筋とか割れてそう。両刃戦斧(ダブルブレード・バトルアクス)とか好んで使いそうだ。あっ、あっちの子、ペン回し上手! 手先が器用なら工作師(クラフター)向きかもね――。

いつか、この中の誰かと壮大な冒険を繰り広げることになるかもしれないな。

そうおもうと、みんな頼もしく見えてくる。

 これだけいると、ちょっと変わった人も混じっている。

 さっきから、なんとなく気になってちらちらと見てしまう人が若干数名――。

たとえば、最前列のど真ん中の席で突っ伏して、弛緩しきった寝顔の前に涎(よだれ)の小池を作っている彼女。さっきから、険しい顔でむにゃむにゃと空(から)咀嚼(そしゃく)したり歯軋り鳴らしたり、やたらとオッサンくさい。睡眠呪文(スリープ)かけられたって、ここまで死んだみたいに眠れないよ。授業初日から大した余裕だ。腰まである綺麗な髪はまったく櫛(くし)を通していないのか、あちこちがハネてぼさぼさ。雰囲気は美人そうなのに、なんだか勿体ないな。

その右斜め後ろの席の小柄な子――『雪見だいふく』みたいなほっぺ、汚(けが)れのない清く澄んで透きとおった瞳。床に届かない両足をぷらぷらと遊ばせながら、幸せいっぱいの笑みを満面に浮かべ、両手にひとつずつ持った特大サイズのおにぎりを交互にほむほむと頬張っている。ていうかえーと、通う学校、間違ってないよね? 七巡の制服を着ていなければ、どうがんばったって小学生、それも三、四年生くらいにしか見えない。なんて可愛らしい子なんだろう。……でも、朝からよくあんなに食べられるものだと感心する。とかいっているあいだに三個目をカバンから取り出した! うーむ、朝はスムージーしか飲まないとかいってる女子たちに見習わせたい。

しまった……おむすびエンジェルとはまったく対照的な御方と目が合ってしまった。『触れるな危険』といっている、ダガーの切っ先のように尖った目。怒ったら超サイヤ人みたいに逆立ちそうな赤みのさした長い髪。それから……ああ、めっちゃ、睨まれてるから目、逸(そ)らそ。これはあれだ、昭和の青春ドラマなんかで、いちばん後ろの席を陣取って反社会的な態度をとっている不良だ。彼女もいちばん後ろの席の机に両脚を投げ出して、眉間に皺を寄せながらガムをくっちゃらくっちゃら噛みながら、ぱちんぱちんと平手に拳を打ち鳴らして周囲を緊張させまくっている……ここまでくればヤンキーという認識でいいだろう。そうときまれば今後も目を合わせないように心がけるまでだ。

――さて、この人はいっそ、わたしの中で無視しておこうとおもってたけど、いやでも視界に入ってくるので一応描写しておく。クラスでたった一人、ばっちりお出かけメイクを仕上げている金髪さんである。食虫植物のような付けまつ毛を瞬(しばたた)かせ、大蟷螂(ジャイアント・マンティス)のお腹の色みたいな黄緑のネイルに息を吹きかけつつ、本体が埋もれるくらいストラップをつけたデコ盛りスマホをいじっている、まあ今どきないってくらいのギャル系だ。もう、この手の人たちって絶滅しているとおもっていたのに……まるで未確認動物(UMA)を目撃してしまったような衝撃にわたしは胸を打たれた。でも絶対に性格は合わないだろうし、あの子とパーティー組むのだけは勘弁だな……。

それにしても、授業初日からこれだけ緊張感がない人たちというのも、ある意味頼もしいのかもしれない。

 チャイムが鳴ると同時にガラリと扉が開き、赤ジャージ上下に竹刀を担いだ女性教師がヅカヅカと入ってきた。

 教卓の上に出席簿と紙の束を置き、教室内をしずかに見渡す。そして、

 ブゥンッ、パシィッ。

 竹刀が空を切り、床を打ち鳴らす。

「一年地(ち)組の担任、宇座(うざ)鳥(どり)だ」

 張りと迫力のある低い声が、シンとした教室に響き渡る。

「担当教科は《実(じっ)潜(せん)》だ。貴様らの自己紹介の時間はとらん。やりたければ後で好きにやれ。私に名前を憶えてほしければ、せいぜい印象に残ることだ」

 軍隊の教官っぽい物言い、冗談の通じなさそうな硬い表情、ジャージの上からでもわかるドーベルマンのような引き締まった肉体、あと竹刀。それらが織りなす先生の迫力にみんな委縮してしまっている。

「私は教師をしながら現役で戦士(ファイター)もやっている。週末はいつもダンジョンだ。む? 週末はいつもダンジョン、週末は……」

 宇座鳥先生はなにかをおもいだしたのか、ジャージのポケットから掌サイズのノートを出し、鉛筆で何かを書き留める。

 みんな、さっそく何かの採点が始まったのかと、その姿を緊張の表情で見つめている。

ノートをポケットにしまった宇座鳥先生はゴホンと咳払いすると、

「――ひとつ、はっきりさせておきたいことがある。私は貴様らにダンジョンから生きて帰るための知識や技術を教えるつもりはない。そんなものは象殺し毒蛇(エレファント・キラー)に噛まれ、ゴブリンどもに貞操を奪われかけ、二、三度、デーモンに全滅させられたら、そのうち勝手に身につく。いいか、貴様らに必要なものは技術(スキル)じゃない」

 再び竹刀が空を切り、床を打ち鳴らす。

「感覚(センス)だ。これから三年間、私は貴様らがダンジョンで生き抜くために必要な感覚(センス)を磨いてやる。ビシバシいくから覚悟しておけ」

 軍隊の教官っぽい、なんてもんじゃない。この人は軍隊の教官だ。こんな人に目をつけられたら大変だ。軍歌を歌いながら腕立て百回とかやらされかねない。そんな空気を察してか、みんな背筋をピンと伸ばして話を聞いている。一部の生徒たちを除いては。

その一部の生徒たちは、コクンコクンと舟をこいでいたり、机の下からスマホでこっそり自撮りしていたり、椅子に背をもたれて腕を組みながら先生を睨みつけていたりする、わたしがさっきから気になっていた人たちだ。

 ふっ、と宇座鳥先生は笑んだ。

「今年は鍛え甲斐のありそうなヤツがいるな」

 そういって手元の資料に目を落とす。

「資料(ここ)には貴様らがとくに学びたいと望む役割(クラス)が書かれている――うむ、魔術師(マギ)系が多いな。おい、貴様はなにを専攻する予定だ」 

 急にふられた生徒が慌てて椅子を鳴らして立ち上がる。

「え、えっと、はい、あの、その、魔術師(マギ)です」

「なぜ、そのクラスを志望した。理由をいえ」

「……理由、ですか。えっと、こ、古代の叡智に触れることで、知識を――」

 竹刀が床を打つ。

「虚偽は口にするな。怒りはしない。正直な理由を聞かせろ。いいか、正直な理由だ」

 正直、と太い釘を刺された彼女は、叱られている犬みたいにおどおどしながら口を開く。

「ま、魔法は万能な感じがしますし、なんでもできるっていうか……あと派手なんで、かっこいいかなぁって」

「ほぉ。あとは?」

「あ、あとは……魔法の指輪とか水晶玉とか、小道具も可愛いですし……」

「わかった。座っていい。ではそこの金髪。貴様が専攻予定のクラスは?」

 こっそり自撮り中だった彼女はアヒル口のまま顔を上げ、隣の子に「センコーってなに?」とアヒル顔で訊いている。

「貴様がやりたい役割(クラス)だ。それを選択した理由はなんだと訊いている。その口やめろ」

「あー、あたし、ファイターやりたい。理由? えーと、なんだっけ。なんとなくじゃない?」

このギャルが戦士(ファイター)だなんて信じられない。わたしは呆然とする。あの仮面ライダーの怪人みたいな爪で剣を握る気なのか。それにしても、恐いもの知らずも甚(はなは)だしいというか……理由もひどいけど敬語も知らないなんて。てっきり竹刀で清々しいくらいぼこぼこにされるものだとおもったけど、宇座鳥先生は怒りもせず、わかった、と頷く。

「いいんじゃないか。魔法が派手でかっこいい。道具が可愛い。なんとなく。結構なことだ。高名な探索者(エクスプローラー)になった者が、必ずしも崇高な目的を最初から掲げていたわけじゃないからな。富を得たい、有名になりたい、モテたい、そういう理由でダンジョンへ入る者もたくさんいる。そうとも。動機、理由はなんでもいい。大切なのは、なにを成し遂げるかだ」

黒板に力強くカッカとチョークを叩きつけ、《実潜》と書く。そのひと書きでチョークは粉々に砕けてしまった。宇座鳥先生は手をはたきながら続ける。

「私の受け持つ授業は文字通り、実際にダンジョンへと潜る、というものになる。一年生は月に八回、この実(じつ)潜(せん)でダンジョンに潜る。二年生から潜る回数は減る。ダンジョンの広さが格段に違うからな。この学校は実潜以外の時間の使い方は各々自由だ。授業を受けるのもいいだろう。マッピングの仕方、罠の取り扱い方、薬草学、手ぶらで始めるサバイバル術、様々な科目がある。《酒場》で情報を集めるのもいい。酒場とは名ばかりでアルコールは飲めないが、貴様らの先輩から情報を得ることができる。《鍛冶部》の工場(こうば)を借りて武具のメンテナンスをするもよし、《魔術図書館(グリモワール・ライブラリー)》で古代魔術の知識を得るもよし、呪文書(スペルブック)を作成して呪文を覚えるのもよし。専攻するクラスに特化した部活に入って、スキル向上に励む者もいる。工作師(クラフター)なら作成物の販売をしてもいい。相場は本校のサイトを参照しろ。校内にある施設は基本、自由に使って構わない」

 そこまでいうと宇座鳥先生は一呼吸つき、

「――なぜ、ここまで自由なのか、わかるか」

 しばしの沈黙。みんなは顔を見合わせる。

宇座鳥先生は右袖を肘下まで捲りあげ、全員に見えるようにする。

 手首から肘まで稲妻形の痕がある。かなり深い傷だったのだろう。

「ダンジョンで起きたことは、すべて自己責任になる。この傷は昔、私の情報不足が災いして負ったものだ。追っていた人狼(ワー・ウルフ)が、つがいだとは知らなかった。一匹を倒して安心しているところを背後から爪で切り裂かれた。傷は自身の戒めのために完全な治癒をせずに残してある。いいか、貴様らが迷宮内を迷って右往左往するのも、戦闘中に剣が刃こぼれを起こすのも、罠にかかって命を落とすのも、時間を有効に使えなかった貴様らの責任だ。ダンジョンで泣きたくなければ、つねに新しい情報を求め、装備の手入れを怠らず、スキルの精度を磨き上げるのだ。そして、どんな不測の事態にも対応ができる、生き延びる感覚(センス)を育てろ。そうして過ごすと時間などいくらあっても足りないはずだ」

 宇座鳥先生は教室を見回し、あたりをつけたように一人の生徒に目を合わせる。

「おい、ダンジョンとはなんだ」

 竹刀の先で指された生徒は、あたふたと「洞窟です」と答える。

「ふむ。はずれではない。が、百点中、十五点といったところだな。では貴様、答えてみろ」

 竹刀の先を向けられ、わたしは慌てて立ち上がる。

「ダンジョンとはなんだ?」

「え、えーと、それは言葉の意味ですか。それとも概念的な――」

「単純な質問だ。間違ってもかまわん。こたえてみろ」

「……はい、ダンジョンという言葉をそのまま訳すと地下牢のことです。しかし今では、もっと広義に解釈されます。自然洞窟、人口窟、古代遺跡の建造物、地下墓所、その他、塔や砦といった身近な建造物もすべて含めてダンジョンと呼ばれています」

 クラスのみんながわたしを見ていた。

 宇座鳥先生は「ほぉ」と目を細くする。

「概(おおむ)ね正解だ。さらに正確にいうなら、探索者(エクスプローラー)が探索(エクスプロール)する場所すべてだ。ロマンをもっていうならば、冒険の待つ場所のすべてをダンジョンと呼ぶ」

 この先生の口からロマンなんて言葉が出てきたことに驚いた。

「よく予習してきたな」

「ど、どうも」

 さっき、おにぎりを頬張っていた子がぱちぱちと拍手してくれた。

「貴様、名は」

「星斬(ほしきり)です、星斬怜早(れさ)です」

 宇座鳥先生は手元の資料に目を戻し、顔をあげる。

「貴様が、星斬媄(み)砂(さ)の妹か」

「あ、えっと……はい」

 姉の名が出た途端、教室中がざわつきだし、わたしに再び視線が集まりだす。

 こういう空気、こういう視線を、わたしは何度も体験している。もう慣れっこだけど。

「なるほどな。星斬の人間なら、この程度のことは答えられて当然だな……ん?」と、資料に落とした目を細める。

「貴様、盗士(シーフ)を専攻するのか?」

 わたしはため息を吐くと、はい、と頷いた。

「なぜ、盗士(シーフ)なんだ。星斬の名なら、これまでの数々の業績や国への経済的貢献から見て、各ギルドからの支援も明るいはずだ。聖騎士(パラディン)でも大魔術師(グランドマスター・マギ)でも、どんな上級クラスでも目指せるはずだが」

「盗士(シーフ)にだって上級クラスはあります」

「それはそうだが……しかし驚きだな。星斬の家から盗士(シーフ)を目指す者が出るとは」

「あの、先生」わたしは手をあげ、発言の許可をもらう。「盗士(シーフ)は墳墓(はか)荒らしや暗殺者(アサシン)といった非公式クラスの持つスキルと類似した技術を体得していくことから、世間ではグレーなイメージを拭えないクラスです。でも、探索者(エクスプローラー)のパーティーにおいての盗士(シーフ)は危険をいち早く察知し、安全なルートを見つけて目的の場所まで仲間を導く重要な役割だとおもっています」

「いや、盗士(シーフ)が悪いといっているんじゃない。誤解するな。貴様のいうとおり、パーティーには必要不可欠なクラスだ。とくにトラップの多い高難度ダンジョンのクリアには欠かせぬメンバーとなる。しかし、うむ、その役割を星斬の者がするというのは、実にもったいないな」

 もったいない、か。その言葉がもう、わかってない証拠だ。

 いまだに冒険の主人公といえば戦士(ファイター)や魔術師(マギ)だとおもっているんだ。たしかに両クラスはパーティーの要。戦い方も派手で迫力がある。これまで探索者(エクスプローラー)を題材とした映画や舞台はたくさん作られてきたけど、主人公は戦士(ファイター)か魔術師(マギ)のどちらかだ。それに関して、わたしは大いに不満を持っている。〝剣と魔法(ソード・アンド・ソーサリー)〟だけじゃなく、射撃(シューティング)や開錠(ロックピック)や交渉術(ネゴシエーション)だって大切なことなのに。

「話を戻そう――ダンジョンとはなんなのかという話だったな。地下洞窟のイメージが強いのは、いま星斬が話したように元は地下牢を指す言葉だったからだが――せっかくだ、星斬、みんなにわかり易く説明してやってくれ」

「あ、はい……先ほど、宇座鳥先生のおっしゃった、冒険のある場所がダンジョンであるというのは定義としては正しいとおもいます。あるTRPGの大家(たいか)の赤いルールブックでは、ダンジョンをこう説明しています。『モンスターと宝の見つかる、あらゆる場所を指す』、と。そもそも、地下牢を指す言葉であったダンジョンが、なぜ魔物がいて、宝のある地下迷宮のイメージを持ったのか、という点ですが、中世期の城の資料などを紐解けばその答えが薄っすらと見えてきます。現存している城の多くから地下牢が見つかっていますが、なぜ罪人を投獄する場所が地下である必要があったのでしょう。これには、科刑される罪人の叫びが耳に届かないようにという理由があったのです。また、卑しき罪人の足が気高き王や貴族と同じ地に立つことを許さなかったのでしょう。他にもネズミと死者しか住まないような、地下の暗くて湿気のある環境に閉じ込められるということが犯罪の抑止力にもなるからです。地下には悪しき者どもが囚われ、拷問を受ける血生臭い残酷な光景がある。彼らの呻きは地獄の底から聞こえてくる亡者の声のようであったことでしょう。そうなると、わざわざ地下へ足を運ぶ人はいません。できれば、近づきたくない場所になるでしょう。ですから、物を隠すには最適の場所となります。

某国の王は家臣にも内緒で地下に宝物庫を作ったといいます。地下宝物庫を作るために駆り出された人々を王は完成直後に処刑してしまいます。秘密の隠し場所を誰にも知られたくなかったからです。悪政をしく王は特に欲深く、注意深く、臆病ですから、国民の生活から搾れるだけ搾りとって築いた財産を失いたくはありません。自分が恨まれていることもわかっていますから、反乱した国民がいつ城へ乗り込んで、なにもかもを持ち去るかもしれない、そう考えるわけです。失う恐怖にかられた王は、地下を財産の隠し場所としたのですが、それでも安心できず、どんどん深く穴を掘らせ、宝物庫までの路を複雑な迷路にし、罠を仕掛け、雇った魔術師(マギ)や呪術師(シャーマン)に呪いや魔法をかけさせ、凶悪な怪物を放って大事な宝を守らせました。処刑された作業者たちも魔法の力でアンデッドモンスターとなり、宝の守護をさせられました。王の没後も、迷路や罠や怪物は宝を守り続けたといいます。こういった歴史が、ダンジョン=(イコール)地下迷宮というイメージを強くしたんでしょう――え?」

 みんながわたしを見ている。さっきまでの星斬の人間を見る目ではなく、「こいつ、ヤベェ」という目だ。みんなが引いてるのがわかった。

 わたしの悪い癖が出てしまった。またウンチクモードに入ってたんだ。

 正直にいおう。わたしはダンジョン・オタクだ。

 高名な探索者(エクスプローラー)の著した著書はほとんど読んでいるし、武器や魔法、各クラスのスキルの専門書にお小遣いを使うことにまったく躊躇がない。テーブル・ダンジョンキットを使って、いつもシミュレーションしているし、ダンジョンの妄想地図とか作って楽しんでいる。雑学も含め、ダンジョンの知識だけは先生方にも引けは取らないと自負している。でもわたしの悪い癖で、そういう知識がいったん口から洩れ零れると、止まらなくなるのだ。

このモードになるとアラ不思議。わたしから友人が一人、また一人と減っていく。面倒くさい人間、あるいは変人だとおもわれてしまうのだ。ああ、また失敗。高校に入ったらこの癖、治そうとおもっていたのに――。

 ぱちぱちぱちぱち。

 また、おにぎりちゃんが拍手してくれる。なにあの子、抱きしめてやろうかしら。

宇座鳥先生は竹刀で床を打ち、教室内の空気を仕切りなおす。

「よくできた、星斬、座っていいぞ。さて――」

つかつかと窓際に近づくと宇座鳥先生は勢いよくカーテンを開けた。

 窓の向こうには七巡高等女子学園の広大な敷地が広がっている。ここから見える森、山はすべて学園の土地だ。校庭の中央には地面から隆起したドーム状の岩の膨らみがあり、大きな暗い口をわたしたちに向けている。

「貴様らには今日、さっそくダンジョンを体験してもらう」

 (え、うそでしょ、いきなり?) (なにそれ、きいてないんだけど)

再び、みんながざわつきだす。当然だ。わたしたちはこれからダンジョンについて一から学ぶ身なのだ。この中には剣や杖どころかランタンだって持ったことのない生徒もいるはず。いきなり実践とは無茶な展開だとおもうけど、わたしはわくわくしていた。

 宇座鳥先生は教卓の前に戻ると、わたしたち一人一人の顔を値踏みするように見る。

「これから貴様らには運(ラック)を試すダイスを振ってもらう。といっても、本当に賽(さい)の目を転がすわけではないがな」

チョーク入れから新しい一本を出し、勢いよく黒板に6と書く。その一撃でチョークは再び粉々になった。力の加減を知らないのかな。

「今から、この数で編成したパーティーを組め。時間は三十分。決め方は自由」

 宇座鳥先生の口元が笑みに歪んだ。

「よく考えて人選しろ。今ここで決めた六人が、ダンジョンに同行するパーティーとなる。そしてこれから三年間、貴様らが苦楽を共にする仲間になるんだ。ここでどのような選択、判断、行動をとるか。それが貴様らの運(ラック)を試す、ダイス振りというわけだ」

 この時は想像もしていなかった。

 このダイスの目が、わたしの人生をここまで大きく変えることになるなんて。